「雨中石山寺」5


 雨と泥で汚れた足下が気になる。簀の子の上で時間を稼いだ。
 中に入ってまず目についたのは「石山寺縁起絵巻」だった。予想していない、期待外の喜びというと大袈裟だろうか。10メートル近く展げられた絵巻をじっくり見ることができた。館内は私ひとりだった。みごとな絵巻に見入った。よく管理されている。美しい。色褪せも感じなせない。揺るぎない筆の跡を確かめることができる。写真で見ることのできない力が伝わってくる。その上方に、同じように「源氏物語絵巻」が展げられていて、これも絶品だった。ほかに展示された江戸時代の屏風などの絢爛さはない。だが、飾りが少ない分余計に直截的に伝わるものがある。
 ざっと見終えるのに30分はかからない。子ども連れが入ってきて数分で出て行った。アベックも来たが出て行ったのは早かった。また独りになって小さな宝物館ではあるがいい物を見たと思った。
 帰り際、最初入館するとき奇異な眼でちらっと私を見た女性館員に「すばらしいですね」と言葉をかけると、さっきとはうって変わって彼女の目が輝いた。「ありがとうございます」と軽やかな声が返ってきた。
 ―― あゝ こんな言葉の一つに喜ぶこの人は いつも沈黙無表情の入館者の顔しか見ていないのかな
 そう思った。彼女はさらに説明を加えてくれた。
 外に出るとまた雨が強まっていた。
 コウモリ傘を開いてはじめて、無憂園を巡ったときに着いた桜のはなびらに気づいた。気に入って、わざわざ置き直して、パチリ。

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 なんとなく、温かい〈とき〉の移ろいに包まれているような気がした。
 ―― さあ 帰ろうか
 (当然サ! 当然、当然! )

 帰路、石楠花が咲き残っている石組に出会う。

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 眼下に瀬田川がみえる。

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 いい眺めだ。

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 そして、真っ直ぐ帰るつもりだったのにその気が変わる。
 (アキレテ物ガ言エン! マタ、木カヨっ?!)
 ―― そう言うな
 見事な木が立っているのだ。
 ―― ちょっと立ち止まるだけやがなぁ

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クロガネモチという木だという。

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 往路で見られなかった御影堂や毘沙門堂なども見ておきたかった。

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 御影堂は好もしい静けさに包まれいる。蔀が上げられるせいか、まるで人が住んでいるかのように見える。

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 ―― 中で書見か勤行でもしてるみたいやなぁ
 すると、傍で一人の老人が砂利を掻いて雨水の水路を作っていた。さっき木の写真を撮っているときすれちがった人だった。

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 私は所詮観光客だが、ここにも知られないですまされる営みがある。